ハイズオンからフンイエンまで

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※このときのレートは、1ドル=23千ドン程度です
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ハイズオンバスターミナルから乗った206番バスはエアコンあり運賃30千ドン。国道38Bを南西へ、ホン河デルタの平野を走る。ハイフォンに行きたい、ハイズオンに寄りたい、フンイエンに泊まりたいというのは、「ベトナム全省・市を行き尽くす」というつまらない目標に基づくもので、それは旅行としては少々不純だとも言えるが、港町ハイフォンの岬の先で海を見て、そこから広大なホン河平野を縦断するというのは、結果論としてかなりいいコースだったな、と車窓眺めながら考える。

 
この国道38B号はハイズオンからフンイエンまで、地図にも乗っていない小さな川沿いをずっと走っている。当然この川は農業用水としても使われており、車窓の田園風景はなかなかの見ものだった。

 

2時間のバス旅を経て、日の沈む1時間ほど前、16時55分にフンイエン市のバスターミナル前に到着した。今夜はここに泊まって、明日早朝にハノイに出て、それから棚田が綺麗だというイエンバイ省ギアロー市社に向かうことにする。

 
あまり信用できない長距離バス検索サイト・ vexere.com で調べた所、ハノイのミーディンバスターミナルを10時20分に出るギアロー市社ゆきのバスがあることがわかった。ここからハノイまでは2時間程度見たほうがいいだろう。バスターミナルで喉の乾きを癒やした後、事務員のおばさんにハノイ行きを聞いた所、朝5時から10分おきにあるという。

 
1.5kmほど先の街の中心部に大きな池のある公園があるようだったので、ホテルを探しながら大通りを歩く。しかしまったくホテルらしいものが見当たらない。というか、普通のお店的なもの自体が異常に少ない。街の真ん中を走っているこの道路は5車線はある立派なものだが、この街自体はたいして栄えていないのだろう。地方都市で道路だけが立派なのは、社会主義国ベトナムではよくあることだ。

 

あれれ、道路標識に Đường(ベトナム南部弁で「通り」)と Phố(ベトナム北部弁で「通り」)が入り混じっている。 đường と phố の境目はだいたいクアンチ省とトゥアティエン=フエ省の筈なんだけどなあ。歩きながら観察してみるとこの街は đường が多い。新しく建設された街・道路は、北部の地方でも đường が優勢なのかもしれない。

 

たどり着いた公園にあった悪趣味な巨像。ああ、ここはドイモイを推し進めた Nguyễn Văn Linh の故郷なのか。それで道路だけがやけに立派……。

 
歩いても歩いてもホテルらしきものがない。立派な建物は電話会社と郵便局だけ。さすがに疲れて公園のカフェ屋台でジュースをのみ、お茶も1杯もらって休憩。支払いを聞いたら3千ドンと言われてびっくり。屋台のおばさん、私がジュースを頼んだのをすっかり忘れて、お茶代だけ請求してきていたのだった。

 
そこから少し歩き、googlemapで星3.5になっているホテルを尋ねてみるが、泊まるのにかなり勇気のいる状態だった。もう1軒、星3.8の Quê Hươngというホテルが徒歩数分先にあるので歩く。だんだん暗くなってきて、いやもう、今夜のうちにハノイに行ってしまおうかとまで思い始めてきた。だいたいgooglemapでみても、街全体でホテル宿屋が6軒くらいしかないのだ。

 
たどり着いた Quê Hươngはマッサージの看板も出ていて怪しげだったが、意を決して入ってみる。主のおばさんに部屋を見せてもらうと設備もまぁ問題がない。値段も1泊200千と標準的。日本語の書いてあるタオルケットがあったので手にとって見ると「中国語だよ」と言ってくる。「いやこれは日本語ですよ、私は日本人です」と答えると、あらそうだったの、と笑いだした。案外親しみやすいおばさんだし、ここに泊まることにする。

 

シーツが白いのはそれなりに意識の高いホテルの証拠だ。客の体から出た血や汗のシミをごまかすことができないから。

 

夕食は近くでミエンガン(バリケンの肉いり春雨)を食べる。バリケンは北部名物である。南部ではほとんど見ない。ビールを1本つけて45千ドン。血の煮こごりが絹ごし豆腐のように柔らかくて美味しかった。ホテルに帰ってシャワーをあびて、すぐ寝てしまった。

 
(続く)