ニャチャン経由でトゥイホアへ

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※この記事は旅行から帰った後に書いています。当日のレートはおおよそ1米ドル=22.3千ドン=108円でした。
※地図とこの旅行のインデックスはこちらを参照。
 

ニャチャン北バスターミナルについたのは朝の7時頃。途中2時と5時にトイレ休憩があった。このままトゥイホアに行きたいが……とバスの乗務員に尋ねると、トゥイホアゆきは別のバスターミナルであるという。
 


ニャチャンはベトナムで1,2を争うメジャーな観光地である。つまり、私はニャチャンに滞在する気はない。とはいえニャチャン中心街にあるチャム人の遺跡・ポーナガル塔のことはちょっと気になるので、バスターミナル間移動につかったバイクタクシーにお願いしてちょっと立ち寄ってもらった。まぁ写真を2,3枚撮っただけだが。
 


ニャチャンのあるカインホア省と、トゥイホアのあるフーイエン省の間にある Đèo Cả (カー峠)の山頂には謎の奇岩があり名所になっている。
 


私の乗ったミニバン乗合バス70千ドンは非常なおんぼろで、なんどもエンジンが焼け付き、冷却水を継ぎ足していた。
 

このバスはトゥイホア行きというわけではなかったので、国道の適当なところで降ろしてもらい、そこからバイクタクシーでトゥイホア市内に入った。バイクタクシーには「海の近くで、安いホテルのあるところ」と伝え、降ろされたのは海から500mほど、中部建築大学のあるグエン・ズー通りのあたりだった。いくつかホテルを訪ねてみたが、レンタルバイクのあるところはなかった。まぁ海まで500mなら歩けない距離でもないし、何よりトイレが限界、スマホのバッテリーも残り5%という危機的状況だったので、Thành Vân 2 という一泊150千ドンのホテルに投宿。
 


 


このトゥイホアにも、ニャチャン同様にチャム人の遺跡が存在している。名前は tháp Nhân (ニャン塔)。バイクタクシーで向かってみた。
 



チャム人は古代から18世紀にかけて、現在のベトナム南部にチャンパという国を築いていた民族である。一度は軍を北に進めハノイを落としたこともあるのだが、基本的には南進するベトナム人に追われる形で、クアンナム周辺→クイニョン周辺→ニャチャン周辺……とその中心地を移して行き、18世紀ごろに国としては滅んでいる。その後阮朝初期までは自治区の維持を認められていたが、阮朝2代皇帝の時代のサイゴンでの大反乱に連座したことで19世紀には完全に主権を失っている。
 


現在、チャム人の大半はイスラム化してカンボジアに住んでおり、ベトナムではヒンズー教を信じるここ中部海岸沿いの部族と、イスラム化したアンザン省の部族とに別れてしまっている。後日、ベトナム語-チャム語-英語の辞書を手に入れたが、クメール語同様にとにかく文字が複雑である。
 



塔の内部はいまでも毎日生花が供えられているようだった。ニャン塔のある丘からはトゥイホア市内が一望できる。
 


ベトナムの海沿いの街では、貝類の豊富さに驚かされることが多い。
 



夕食はホテル近くの少し高そうな飯屋で海鮮をたべる。これは高級ヌクマムの原料としても使われる cá cơm という魚のサラダ。