審議拒否とはなにか?


2018年4月20日現在、財務省職員が取材の女性記者に対してセクハラ発言を常習的に行っていた事に関する責任問題で、麻生太郎の辞任を求めて審議拒否に入るとの報道がありました。
 

 
例によってこれに対し、「国会をサボるな」だとか「仕事してないなら税金返せ」だとかネトウヨが騒いでいますが、案外リベラルも「審議拒否」の実態や法的根拠を知らないようです。簡単に解説すると以下のようになります。

 

日本国憲法第56条

両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き、議決することができない。
2 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

 
ここで見てわかる通り、そもそも国会は「1/3の出席者がいなければ議決できない」とされており、ここから帰納的(?)に考えれば、「議員は、採決を拒否するために申し合わせて欠席することが可能」ということになります。もちろん憲法のその他の条項に、「国会議員はやむなき場合を除いて議場には出席せねばならない」なんてものはありません。議決を遅らせるために議会をボイコットする会派(政党)が出るであろうは憲法の想定内であり、審議拒否は野党の全く合法的な闘争方法の一つです。

 
しかし現実には与党が単独で2/3以上を占めてしまっていますから、憲法理論的には与党は、野党すべてがボイコットしても議決を行うことが可能です。ここに出てくるのが、1960年代に安保をめぐる「乱闘国会」を収めるために与野党で申し合わされた「野党は議場の封鎖などの暴力行為を行わない代わりに、与党も野党が出席していない状態での決議は行わない」というルールです。民主主義は多数決ではなく、反対者・少数者の意見を聞いてこそ民主主義なので、野党のいない場所での議決は民主的正当性を保持しえませんから、与党も単独決議はできないのです。

 
さて今回の女性記者へのセクハラ問題ですが、マスコミを「第4の権力」「社会の木鐸」だと捉えるならば、内閣という権力に対して、疑問を提示し、インタビューを行い、その結果を国民に知らせるのがその使命です。その使命を果たさんとする記者を、ハラスメントを用いて撃退するということは、「公正な言論の自由あっての民主主義」という観点からすれば、当然「民主主義の破壊行為」と言えるでしょう。これを正常化させない限り国会の審議は行わない、というのは民主主義を守るためには当然な主張です。

 
そもそもで言えば、女性記者が政治家の宴会に付き合ったりして情報を得ている今のマスコミ自体が異常ではあるのですし、あのようなセクシャルハラスメントを行う人間が省庁のトップにいる事自体がおかしいのですがね。

 
さて、憲法で決められた国会の議決人数といえば、このようなものもあります。

 

日本国憲法第53条

内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

 

さて、昨年、要求があったのに臨時国会を開かなかった安倍晋三内閣は、明確に憲法違反を犯しているのですが、「審議拒否」に文句を言う人はなぜこちらを問題にしないのでしょうかね?

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