2月9日午前:交通事故!
※この記事は旅行から帰った後に書いています。1万ドンは約56円でした。
※地図はこちらを参照。
朝5時半に起き、7時前には部屋を出る。ホテルの主人にバイクを出してもらい1日15万ドンで借り受ける。ベトナムでは標準的な Yamahaの110ccのマニュアル車だ。ちょっとブレーキが甘いし、スロットルの戻りが悪いが、まあいいか(これが大きな罠だった)。
朝食は2度めとなる市場横の飯屋。ご飯、煮卵、豚の角煮、干し魚、サトウキビジュースで合計3万6千ドン。市場の近くにある橋の袂でガソリンを満タンにして4万ドン。まずは昨日軽く流してしまったアオバーオムの近くまで。
前述した通り、チャーヴィン省では人口の3割がクメール人(カンボジア系)である。歴史を紐解けば、ベトナムの主要民族であるベト人の故地は紅河デルタ(現在のハノイ周辺)であり、チャム人の国家であるチャンパ王国を圧迫しながら、15世紀の黎王朝の時代に現在のフエ周辺まで、さらにアンコールワット陥落で衰えたクメール人を圧迫しながら、16世紀の広南国時代にサイゴン、サデーク、ミトーなどの大都市を、17世紀にキエンザン省にあった華人の半独立国「港口国」を併合しつつクメール・クロム(低地クメール)の地を、そして阮王朝初期19世紀になってようやく現在の領土をほぼ確定させていったのである。
というわけで、アオバーオムの近くにあるÀng寺と「Bảo tàng văn hóa dân tộc Khmer(クメール民族文化博物館)」へ。入場は無料。Àng寺は大して見所はなかったが、クメール人らしい女性が真っ黒になった手で炭焼きのヒシの実を売っていたのが印象的だった。
ベトナムの仏教は日本や中国と同じ大乗(マハーヤーナ)であり、お寺でも日本人になじみのある、「キャラクター化された」美女風の観音や、腹の出た弥勒の像が多く見られ、意匠も漢字文化圏のそれである。しかしクメール人の仏教はタイなどと同じ上座部(テラワーダ)であり、仏像も一般的に質素。そもそもクメールはインド化された地域である。この虎の象などはタイの寺にあるヤック(夜叉)にも似ているが、どちらかというとミャンマー風の鬼人そっくりに見えて興味深い。タイの仏教もアユタヤ朝や現在のラッタナコーシン朝による独自の発展を遂げる以前は、これらのようにミャンマーに近い造形であったのではないかなどと勝手に想ってしまう。
このかぶり物や人物の配置は、以前カンボジアで見た宮廷舞踊を思い起こさせる。
こういったゴング(打楽器)の文化は中部高原のものだと思っていたが、クメールにもあるようだ。
博物館から若干離れると佛光寺なる近代的な寺院があった。こちらは完全にベトナム風の寺院だ。
市南側のエリアはほぼ見たので、次の目的地であるメコン川河口へと向かう。昨日自転車で通ったのと同じルートで市街を横断し、フンヴン通りを南下。昨日ココナツジュースを飲んだ茶屋を通り過ぎ、いい気持ちでバイクを飛ばしていると遠くに妙にファンタジックな建物が見える。カトリック教会だろうか、郊外でこんなものをみると、日本のラブホテルみたいだな……などと罰当たりなことを考えていてふと注意力を失う。気がつくと目の前に自転車のおばあさんがいて、ブレーキを掛ける間もなく突っ込んでいた。
とっさにバイクを放棄して、路肩の藪に前受け身で転がり込めたのは多少は柔道の心得があってこそか。腕を少々すりむいて服にたくさんの草の実がついた以外はまったく被害はなかった。ポケットに入れていたものもすぐに回収できた。おばあさんは、と見るとうずくまって痛がっている。自転車はサドルの骨組みが飛び出し、カゴが大破している。しかしカゴから投げ出されたとみえるスイカは割れていないようだ。ホイールや車体自体も無事なようで、追突というよりはタイヤがハスった(こちらの前輪の前転が、あいての後輪を逆回転させて転ばせた)程度のようだ。とっさにバイクを投げ出せたのが本当に幸運だった。
気がつくと人が集まってきており、カメラを持った男がバイクの鍵を回しエンジンを切ってくれた。とりあえずバイクを起こそうと思ったが、それは止められる。現場検証用の写真を撮るようだ。都会であればCSGT(交通警察)がやってくるのだろうが、田舎故か、地域の役人らしきこのカメラ男のもとで話をつけることになりそうだった。
誠実に謝るか/俺は悪くないと主張するか……もちろん前者だろう。おばあさんに「ごめんなさい」「大丈夫ですか」とカタコトで話し掛け続ける、おばあさんは膝をすりむいて、ひどく体を打ったようではあるが、関節や骨にまでは影響がなく、問題なく立って歩けるようだ。カメラの男は多少英語ができるようだったので「日本人旅行者である」「バイクはレンタル」「どのように詫びたらよいか」などと説明をしていると、すぐに金銭での示談の話になった。
おばあさんとその加勢側の要求額は50万ドン。約2600円、今回の旅行の1日の予算と同額だ。弁護人のいないこちら側としては値切りようがないが、一度は財布に40万ドンしかないのを見せてみる。しかし「ダメだ、50万だ」との声が飛ぶ。「あ、そういえば」というような顔をして、バッグの隠しポケットから50万ドン札を取り出すとそれで示談となった。
おばあさんの自転車を起こしてやってふとブレーキレバーを引くと、パン、と錆びついたワイヤーが切れて飛んだ。50万あれば同程度の中古自転車が買えるほどなのかな、と思った。