タケオからカンポントラッチへ


※この記事は旅行から帰った後に書いています。当日のレートはおおよそ4020リエル=1米ドル=22.3千ドン=108円でした。
※地図はこちらを参照。
 

タケオの宿にそこまで不満があったわけではない。しかしこのインドシナ内陸部の暑さに負けて、少しでも早くタイ湾沿いに、具体的に言えばベトナムのキエンザン省に帰りたくなった。予定を1日早め今日チェックアウトすることにする。昨晩はエアコンを全開にして寝たのだが、朝5時に目が覚めた時点での室温はまだ30度を超えている。昨日の気温は最高42℃、最低32℃との報道だった。
 

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6時半には朝食に出る。せっかくの涼しい早朝なのでロータリーの対岸にある大きな寺を見て回ることにした。ベトナムと同じように、墳墓には細い紙切れがいくつも貼られていた。
 

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朝食はあちこち探した挙句に、宿の隣の飯屋でフーティウ1杯5000リエル。ようやく納得行く価格だ。味も悪くない。タイ風の四味調味料(ナンプラー、砂糖、酢、唐辛子粉)があったので砂糖を多めに入れる。フーティウは甘いほうが美味い。食後に1000リエルの水と、2500リエルの韓国産エナジードリンクを買って帰る。
 

宿は10時にチェックアウト。料金は前払いなので、鍵とエアコンのリモコンを返すだけだ。市場前のバスターミナル(といってもミニバンとトゥクトゥクが3,4台停まっており、バイクタクシーがたむろしているだけの場所)に行こうとバイクタクシーを呼び止める。大荷物があるからか、運賃は昨日の1.5倍の1500リエル。
 

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バスターミナルにつくと早速バイクタクシーが客引きをしてくる。今日の目的地はベトナム国境に近いカンポントラッチの街だ。しかしこの街からベトナム国境方面にいくバスがあるとも思えない。プノンペンまで一度出て、ソリヤのバスターミナルからカンポットゆきやケップゆきのバスに乗るのというのがガイドブック的には正解なのだろうが、プノンペンまでだけで2時間はかかる。そしてそのバスが通るであろう国道3号線まではほんの10kmだ。バイクタクシーに「国道3号線のアンコール・タ・サオムまでいくらだ」と聞くと3ドルだという。少し欲を出し、カンボジア南部主要部の地図をスケッチ帳に大きく書き、「アンコール・タ・サオムを過ぎ、アンコール・チェイまではいくらだ?」と聞く。アンコール・タ・サオムでバスを捕まえた場合、国道3号線をそのまま南西に進んでカンポットに行ってしまう可能性がある。国道3号線をはずれてさらに南に行ったアンコール・チェイまで出れば、そこのバスはよりベトナムに近い南東方面に行くはずだ。バイクタクシーの答えは「5ドル」。全部で20kmほどあるが、というのは地図上にも書いたので意外な答えだった。しかしこれが罠であった。
 

荷物を託し、渡されたフルフェイスのヘルメット(なぜかカンボジアはフルフェイスが多い)をかぶり後席に乗る。地理のわからない場所なのでスマートフォンの googlemapをいつでも見られるように取り出しておくべきだったが、運悪く先日ストラップをなくしてしまっていた。バイクタクシーは西に向かうが、どうも国道3号線アンコール・タ・サオムを過ぎてしまったようだ。この先に南へ向かうバイパスでもあるのか、とも思ったが、ベトナムならともかく、本道すら整備されていないカンボジアの田舎でバイパスもないだろう。一度バイクを停めさせるべきか、と逡巡しているうちにバイクは左折し、謎の寺の前で停まった。
 

ここから南に抜けるのかと思ったが、運転手はその寺を指して「アンコール・チェイだ」という。ああ、このパターンか……。俺はちゃんと地図まで書いたじゃないか……。大ボケなのか、最初から似たような地名の場所につれてきて騙す気だったのか……。そもそもこんな田舎寺に来ようという外国人観光客がいるかよ……。ふつふつと怒りが沸き起こってくる。乗るときに見せた手書きの地図をまた見せて英語とベトナム語で怒鳴りつけてみるが、もちろんどちらも通じない。しばらくすると英語が少しできるという男がやってきて、俺の車に乗れ、アンコール・チェイまで10ドルだ」と言い出す。その男に英語で「俺はこのバイタクにこの地図を見せてアンコール・チェイまで5ドルだと聞いた。他の場所でおろすなら金は払わない」と告げ、そのまま歩いてその場を去ろうとするが当然引き止められる。もちろんこちらも、こんなところから一人で歩いて行くわけにはいかない。
 

結局は「もういいから国道3号線アンコール・タ・サオムまで戻れ。総額で2ドルだ」と主張したが、「3ドルだ」と譲らない。「わかった、じゃあアンコール・タ・サオムで俺のためにバスを捕まえろ。それを入れて3ドルだ」というところで話をまとめる。英語が少しできるという男も会話に参加していたのだが語彙があまりにも少なかったので、これらの会話は「旅の指さし会話帳」のクメール語辞書だのみだ。
 

アンコール・タ・サオムにつくとミニバンのバスが多数客引きをしていた。アンコール・チェイ経由でカンポットに行く、という2ドルのバスを捕まえてもらい乗り込むと、バイタクの男は「バスを紹介したから1ドル払え」と言うようなことを言い張ってくる。こういう時本気でキレてしまってはいけない。ジョークだろと笑い飛ばすのが東南アジアでの正しい対処法だ。12千リエル(3ドル)を握らせると、肩をばんばん叩いてやって、大笑いしてやった。
 

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バスはせいぜい12人乗りと言ったところだが、座席の改造などを含め20人は乗り込む状態だった。この時点ではまだ今日の宿泊地は決めていなかったのだが、宿泊地候補のひとつであったカンポントラッチの名を上げてみると、若い男が3ドルだという。12千リエルを運転手に渡す。
 


 

カンポントラッチは Kampong Trachと綴る。フランス人の定めたベトナム語表記法と同じであるのなら、これは「カムポン・チャッイ」あるいは「カムポン・チャッ」と読むべきである。初めにこの街について聞いたのはF氏からだ。F氏のお父上がここで終戦を迎えられたとのことで、私がインドシナのあちこちを旅行しているというと、ではカンポントラッシュに行ったことはあるか、という話になったのだ。F氏ははっきりと「カンポントラッシュ」と発音しており、実際の現地発音はどうだろうと気になっていたのだが、隣りに座っている若い男によると「カンポントラッチ」が正しいようだ。
 

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隣の若い男はカンポントラッチ近郊の出身で、プノンペンから帰るところだという。若者だけあって英語も多少は喋れるようだ。当初私は運転手席の後ろに儲けられた簡易座席(といってもただの鉄のロールバーだ)に後ろ向きで座っていたのだが、バスが幾人かの客を下ろすとその若い男の隣が開いた。逆隣には同じ年頃の若い女性もおり、3人であれこれ話しながらの旅程となった。若い女性はベトナムでも売られている小指の先ほどのミニトマトを分けてくれたが、これは渋くて食べられなかった。
 

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カンボジア南部からベトナム南西部にかけては、メコン川が運んだ土砂による一面の平野であり、その中に小高い丘がいくつか浮いたような地形だ。おそらくこの丘も、かつては海に浮かぶ島だったのだろう。耳かきの梵天をさかさに立てたような木はオウギヤシ。ベトナム名では Thốt nốtといい、カントー中央直轄市にも「トットノット区」なる行政区画がある。原産地はアフリカであるが、インドシナではベトナム南西部からカンボジア東南部にかけての特徴的な樹木である。これを見るたびに「カンボジアに来たなあ」と思う東南アジア旅行者も多いのではないかと思う。
 
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バスはアンコール・チェイを過ぎてしばらく行った所で給油となった。ふと運転手席をみると、僧侶のブロマイドなどと一緒に謎の護符が飾られていた。
 

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アンコール・タ・サオムからカンポントラッチまでは、ほんの1時間半ほどであった。
 

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