空港雑魚寝とトランジットホテル

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※この記事は旅行から帰った後に書いています。当日のレートはおおよそ4020リエル=1米ドル=22.3千ドン=108円でした。
※地図とこの旅行のインデックスはこちらを参照。
 

結局、飛行機が羽田を発ったのは19時半。上海虹橋空港に到着したのは夜も22時近くになってからである。当然乗り継ぎはもう不可能。虹橋空港では乗客名簿をチェックし、ひとりあたり600元の賠償金が支払われ、それでホテルや移動はなんとかしろ、とのことであった。係員に乗り継ぎついて尋ねると、「それは浦東空港でないとわからない」とのことである。
 

とりあえずホテルを探すか、と思ったが、ここは浦東ではなく虹橋である。国際線なんぞはこの羽田便くらいしか来ない事実上のローカル空港で、ここでは英語のできる人間もほとんどいない。こちらは中国語を話す準備もできていなければインターネットも使えないという状態。タクシー乗り場は長蛇の列のうえ、下手くそな漢文の筆談のみでホテルまで送ってもらうというのも不安である。浦東空港に移動さえしてしまえば……と思ったが、うろうろしているうちに、地下鉄もリムジンバスももう終わってしまっているようである。
 


うろうろと空港内をさまよってみると、どうも閉店したレストランが休憩場所として開放されているようである。
 


とりあえず警備員に「ここに明日までいられるか? 24時間開いているか?」とあやしい筆談で確認ののち、レストランでの雑魚寝となった。貴重品はミニリュックにまとめ、それを枕にして、という状態だが、緊張も相まって、2時間おきに小用を催してしまいほとんど眠れなかった。



朝6時。リムジンバスが動き出したので浦東空港へと移動。浦東空港の中国東方航空カウンターで乗継便を尋ねると、なんと浦東~タンソンニャット便は1日1本しかなく、次は今夜の22:20だという。さすがにそれはキツイ。「昨日は虹橋空港にずっといた、全く寝れなかった、体も汗で臭くてたまらない」と英語で訴えると、「ではトランジットのホテルを無料で用意するので」ということになった。本来これは昨日貰った600元から払わないといけないものなのだろうが、それに関しては何も言われなかった。



春の上海の郊外は、菜の花畑が広がって美しかった。案内されたホテルは東方航空グループのものらしく、周囲にも東方航空絡みの施設が多いようだった。ようやくここで、ほぼ20時間ぶりにインターネットにつながることができた。
 


シャワーを浴びてさっぱりしてから夕方まで5時間ほどぐっすり眠り。送迎車の時間を確認して食事に出てみる。
 


当時まだ日本人には知られていなかった「沙県小吃」があった。
 


ビールと揚州チャーハン、それに鴨足に大排も追加したらお腹いっぱいになってしまった。
 

19時過ぎに空港までの送迎車が到着。1日おくれでのベトナムゆきフライトとなった。タンソンニャット国際空港着は1時35分。上海滞在を食事1回ぶんだけで済ますことができたので、ベトナム初日は空港ちかくのホテルを予約しておこう。