5月31日:コントゥムからゴクホイ、国境を超えてアッタプーまでの情報


※この時所持していた通貨のレートはおおよそ10千ドン=49.5円でした。
※地図と旅程はこちらを参照。
※会話はベトナム語で行われています。この周辺で英語は通じません。
 

情報だけまとめ:
コントゥムの国道14号線(QL14)からゴクホイ県プレイカン(Plei Cần, Ngọc Hồi)まで公営バス25千ドン1時間、国道40号(QL40)と国道14号の交差点で13時半ごろにダクハ発アッタプーゆき国境超えバスを捕まえる。運賃100千ドンで18時頃アッタプー着。

 
前日の晩に食事から帰ってくると、ホテルの受付に、昨日ラオスまでのバスを頼んだ娘さんが勤務している。「明日のバスは何時?」と尋ねると、申し訳無さそうに筆談付きで「バスは見つからなかった、グエンフエ通りのバスターミナルに行って、ゴクホイまでバスで行って、そこからボーイ国境に行けばいい」と伝えてくる。まぁ仕方ないか。十分旅慣れた私がベトナム語で検索して見つからなかったバスだ。ホテルの受付係とは言えバイト風の彼女に見つけ出せなくてもおかしくはない。また、安請け合いをした挙句にそれを仕損じても聞かれるまで黙っているのはベトナム人にはよくあることだ。「ゴクホイ行きは1日何本あるの?」と聞くと「7時から、1時間に1本ある」という。


 
朝は7時には起きたのだが、先に食事をすませる気にもなれず、荷造りやシャワーなどをしているうちに10時になってしまった。チェックアウトしようとすると昨日の娘さんが部屋を見に行こうとするので、「水を1本飲んだよ」と声をかけると、登りかけの階段を降りてきて精算となった。170千ドンを4日と、水を1本で687千ドン。

 

cơm sườn 25kđ

 
グエンフエ通りのバスターミナルからのバスはホテルの前の道(QL14:国道14号線)を通るだろうと推測をつけて、ただし車線が逆なのでまずは道を渡り、例の海南鶏飯の店で朝食。今日は cơm sườn(豚アバラ飯)25千ドンに、塩分補給の塩ライムジュースをつける。いつもの兄ちゃんが私が大荷物を持っているのを見て「どこへ行くんだ」と聞いてくるので「ラオだ」と答える。「ラオゆきのバスはこの前を通るのか?」と聞けば、「通る通る」という。会計を済ませて店の前でバスをまとうとすると、その矢先にゴクホイ行きのバスが、呼び止める余裕もないまま目の前を通過していってしまった。

 

飯屋の前で

 
兄ちゃんが椅子を出してきてくれたので、パラソルの日陰で座って待つことにする。兄ちゃんは「ラオゆきはミニバンだけだ」という。確かに走っていく大型バスはハノイ行きだの、タイビン行きだの、はてはカオバン行きだのと北部の諸都市に向かうものばかりだ。しかし結局、ラオスに行くバスを見ることがないまま1時間経ってしまい、11時20分ごろになると次のゴクホイ行きのバスが来てしまった。これに乗ると決め「ゴクホイ!!」と呼び止める。バスは止まってはくれたものの、2車線道路の中央側を走っていたため路肩には寄せられず、こちらからバイクの間を縫ってバスに駆け寄る。微速前進中のバスの後部ドアになんとか飛び乗り、折りたたまれたドアに背中を預けるとまたすぐに走り始めた。後ろを振り返り、飯屋の兄ちゃんに手を降る。運賃は25千ドン。まぁ半公営のこの手のバスならこんなもんだ。

 

1時間ほど走って25千ドン

 
1時間ほど走る。うとうとと居眠りをしていると、googlemapで Ngọc Hồiで検索してピンが刺さった場所の随分手前の、プレイカンという街の、国道40号と14号の交差点近くの公園でバスが停車する。乗客はみんな降りてゆき、運転手が「ゴクホイだ、終点だよ」というのに促されて降りる。居眠りしていたのでなんだかフラフラだ。ふらふらのまま客引きのバイクタクシーを断ると、「酒飲んでるのか?」と笑われた。そのまま公園の茂みで立ち小便を済ませる。

 

「247」は「24時間7曜日」の意だろう。

 
調べてみるとゴクホイは県名で、その県庁所在地がこのプレイカンとのことだった(※ベトナムでは、省の下に県か市か町があるという構造になっている。県はいわば日本の「郡」にあたる)。地図を見ると今来たルートの1kmほど手前にゴクホイバスターミナルがあるようだ。そのまま真っすぐ行くとラオス方面、右折すると北上してダナン方面。バスターミナルからのバスも、そうでないバスもラオ行きはこの交差点を通ることになるので、交差点手前にあったカフェに入る。カフェスアダー1杯10千ドンで粘るが、30分、40分と経っても、くるバスくるバスすべて北部行きだ。眠気覚ましも兼ねて、更に炭酸コーヒー飲料「247」を注文する。半分ほど飲み終えたあたり、13時半ごろに南からやってきた白いバスを単眼鏡で除くと大きく「LÀO」との表示がある。「ラオ!」と叫んで店を飛び出して手を降ると近くで停車してくれた。

 

バスは30人乗り程度の小型のものだった

 
バスに乗る際に案内表示を見ると、「Đăk Hà < --> Attapeu 140.000đ」との表示があった。調べてみるとĐăk Hà:ダクハはコントゥムの少々北西にある街だった。コントゥムで待っていたらこのバスには乗れなかっただろう。運賃を聞くと、ここからなら100千ドンだという。値段的にもゴクホイまで半公営バスで出たほうが得だったようだ。

 
ゴクホイから国境のボーイまではほんの20kmの旅程。すぐに国境近くに到着する。まずはベトナム側のパスポートチェックから。バスを降りる際、運転手に「外国人だけど、大きな荷物は持って行かないでいい?」と確認すると、「大丈夫だ」というのでそのままにする。越ラ国境はかなり緩いので、税関も保安検査もそう厳しくはない。続いて国境の出国窓口へ。みんながパスポートに20千ドンを挟んでいるので、同じバスで隣だった男に「賄賂か?」と聞くと「そうだ」と苦笑い。出国の列が詰まっていたので先に公共の両替所へいってレートを確認すると、1000千ドンが370千キープだという。手元のスマホで確認すると公定レートは367千ほどで、公定レートよりもいいというすばらしさ。本来ここで必要なだけ両替しておけばよかったのだが、ついつい「ラオス東部ではドンの地位は高いから、あとでどうでもなる」と思ってしまい、両替は1000千ドンだけにしてしまった。

 

本来こういう場所では撮影は行わないほうがいいでしょう

 
出国はパスポートとEビザの証書を出すと問題なく済んだ。ラオスの方を指差して「ビザはないのか」と聞かれたので「日本人は2週間免除だよ」と言うと、「知っとるわい」というような顔で出国スタンプを押してくれた。すぐにラオスのSIM売りが来たので、Unitelの40千キープのSIMと20千ドンのチャージカードを買う。UnitelのこのSIMは200MBの無料3G通信がついていた。パッケージには「4G」の文字もあったが、結局4gでは一度も繋がらなかった。設定は、適当なAPNを設定してAPN名に internetと入れるだけだ。いちおう私が使っているベトナムのViettelの回線も、ラオス・カンボジアならベトナム国内と同額でデータローミングが使えるのだが、30日2GBのようなコース契約はつかえずに従量制だろうと思い、普通にSIMを買うことにした。

 

SIMには初期で200MBのデータ通信がついていた。

 
次にラオスの入国。こちらも幾人かは賄賂をパスポートに挟んでいたので、また20千ドンを挟もうとすると、隣席の男から「ラオには要らん」と強く言われる(ベトナム人は周辺民族に対する小中華意識が強い)。パスポートを出すと、すっかり忘れていた出入国カードに記入させられて再度審査となった。審査官は新人のようで何かするたびに先輩に確認を取っており、滞在期限も指折り確認していた。入国を済ませると果物売りのおばさんが営業してきたので、すもも500gを20千キープで購入。なお、入国カードの「ラオスでの滞在先」は適当に「Sawaddi guest house at Pakse」(そんな宿が本当にあるかは知らない)と記入し、電話番号は無記入、「入国場所」はラオス側の地名 Phoukeuaがわからなかったので記入しなかった。以前にカンボジアにプノンデンから入国した時は、入国場所を無記入で出したら「プノンデンだ!」と怒られたことがあるが。

 

ラオスはビザ無しで15日間(入国日含めず2週間)滞在可能。

 
最後にラオスのチェックポイントでパスポートの入国印を確認すると終了。スムースに行ったため、30分もかからなかっただろう。再び車中の人となり、SIMの交換などを行う。ラオスの道路は相変わらずあちこちに軍だの警察だののチェックポイントがあって、そのたびに運転手が賄賂を渡したり、何分も時間を取られたりする。ラオスの物価高の大きな理由の一つに、国内に工業生産力が全くなく、缶ジュース1個、歯ブラシ1本、袋麺ひとつですら中国・ベトナム・タイからの輸入だからというのもあるのだが、その輸入品は大規模トラック輸送などが存在しないため、主にこうした旅客バスで運ばれている。そこに賄賂代の上乗せまでされていてあの物価なのだろう。

 

このあたりはベトナム語の看板ばかりで、ベトナム語も普通に通用する。

 
バスは日没前、18時頃に街の入り口にある橋を渡り、ベトナム系のたまり場になっている Nhà nghỉ Đức Lộc 1(第1ドクロク旅館)の前で停車。ここで全員が降りる。多くの乗客は北側の路地に入っていった。その先に安い旅館でもあるのだろう。このドクロクからはベトナム行きのバスも出ており、一昨年前にはここから10時発のバスで10時間近くかけてバンメトートまでいったものである。ドクロクで宿代を尋ねると、エアコン付きは100千キープだという。明らかに予算オーバーなので「よそを見てくる」といい交差点に出ると、ドクロクの東向かいの Thanh Ngaのオバさんが客引きをしてきた。エアコン付きで80千キープだという。ドンにすれば220千ドンほどのため、なんとか普段の予算並みだ。部屋もそう悪くはないので1泊することに決める。

 

ベトナムドンに換算すると悲しくなるので、USドルで考えることにしよう。

 
夕食は女将のすすめるままに近くの食堂で。最初に皿飯の値段を聞いたときに、ベトナム南部語で「20千(hai chục)」と言われて「安い」と思ってしまったが、当然これはラオスキープ払いなので、実際は3.7倍の74千ドン(3.3USD)である。ビールもつけて、30千キープ(4.1ドル)になってしまった。物価はものによるが、ベトナムの1.5倍~3.5倍程度である。会計を頼むと、このときはベトナム語でなくラオ語で「サームスィップパン」という。なんだか、こうやって騙してるんじゃないだろうな、という気持ちになってしまった。

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